【DX学校 事例】次世代の経営者のためにDXする東京都江戸川区のパン屋さん

株式会社プラスパン 代表取締役 滝沢 光男さん インタビュー

DX学校が東京都江戸川区から受託した「江戸川区DX実践ゼミ」を受講して、事例公開されたEBILAB社の「TOUCH POINT BI」を知った株式会社プラスパンの滝沢社長に、「TOUCH POINT BI」のこと、これからのDXについて伺いました。

はじめて自分で焼いたパンを家族が「おいしい」と言ってくれた。これがパン屋さんになるきっかけ

まず、会社について教えてください。

2000年に創業した、東京都江戸川区のパン屋さんです。都営新宿線船堀駅徒歩1分の「リヨンコッペル」、一之江駅前広場に面した「リヨンスイーツ」、瑞江駅から徒歩5分の「リヨンソレイユ」の3店舗を経営しています。


高校1年の時に母親が買ってきたオーブンレンジの付属のレシピ・ブックを見て、パンを焼いてみたのがきっかけです。パンをこねてるときってすごく楽しくて、発酵してだんだんだんだんと大きくなって焼き上がっていい匂いがして、 そして食べてみたらめちゃめちゃおいしかったんですよ。家族に食べてもらったら「おいしい」って言ってくれたんです。「おいしい」って言われたことが最大の喜びでした。いつかまたおいしいって言われるパンを作りたいと思って高校卒業と同時に上京して、パン屋さんで13年間修行してお店を出したんです。 

受講前からデジタル・ツールは導入していた

EBILAB社の「TOUCH POINT BI」を導入するようになったきっかけを教えてください

2000年に創業した時から、店舗にはPOSレジを導入していました。このシステムはPOSの管理をする機能はあったんですが、分析する機能はなく、データをExcelに入れて足し算引き算などをしなければなりませんでした。2010年頃、株式会社ジャストプランニングの「まかせてネット」を導入しました。これは飲食店向けの店舗管理システムで、売上管理や発注管理、勤怠管理などができるシステムです。 https://www.justweb.co.jp/makasetenetex/ 

これに店舗のPOSレジ・システムが連携していて、全ての売上データが取り込まれています。●月●日の●時台にバターロールが何個、カレーパンが何個、などと表示され、前年同曜日との比較もできるので、「TOUCH POINT BI」を導入するまでは、これを見ながら各店の店長がその日に作るものと数量を決めていました。また、勤怠管理も行っていて、自動シフト管理も行っています。

これとは別にSECOMの防犯カメラも以前から導入していて、パソコンやスマートフォンで、どこからでも店内の様子を見ることができ、客入りの様子や陳列の状態が社長の私が店舗から離れていても確認できるようにしています。

「まかせてネット」の画面を見ていると「●時台、メロンパンの売上ゼロ」などと表示され、店内の陳列の様子も見られるので、私の方で「この時間帯にはこの商品がなかったからゼロなんじゃないか」という仮説を立てて、現場にフィードバックをするんです。すると現場からは「店頭の商品が足りなくてメロンパンが作りきれませんでした」というようなフィードバックがあるわけで、この反省を活かして商品を作っていっていました。でも、いつまでも自分が仮説を立てるのにも限界を感じまして、何か使えるものはないかなと思って、 手探りの状態の中で「DX実践ゼミ」に参加させていただいたという感じです。「江戸川区DX実践ゼミ」のうめけん校長の講義でEBILAB社の「TOUCH POINT BI」が紹介されて、ここでこれを知り、「TOUCH POINT BI」を導入した費用は江戸川区の「デジタル技術活用促進助成事業」の助成を受けて実現しました。「DX実践ゼミ」に参加して、本当に良かったと思います。

「TOUCH POINT BI」はデータを解析し、見やすくするツールとして利用している……だけじゃない

「TOUCH POINT BI」はどのように活用しているのですか?

「TOUCH POINT BI」は、店舗のPOSレジと「まかせてネット」に接続して使用しています。これまで「まかせてネット」に貯めたデータと「TOUCH POINT BI」のシステム内のデータを合わせて使っているのです。

これによって、来客数と個別商品の販売予測ができます。この日に売れるパンの数を「バターロールは何個」「カレーパンは何個」と予測するしくみです「TOUCH POINT BI」は過去のこの地域の天気のデータを持っているし、最近の傾向も分析できますからこれをもとに予測するんですね。これまで10年以上のデータが蓄積されている一之江駅前広場の「リヨンスイーツ」に関しては、ほぼ的中率100%という、ビックリするような数字が出ています。朝7時台はぴったり一致、朝8時台は予測よりも実際には多くの来店、などと細かい部分は差が出てきますが、1日を通すとほぼ的中率100%なんです。いまではこの売上予測をもとにその日に作るパンの数を決めています。塩ロールは157個、カレーパンは98個などです。

2023年11月に開店した船堀駅前の「リヨンコッペル」は、ここまでの予測精度はまだありません。いま確認すると78%ですね。蓄積データがまだ半年分しかない、ということではないかと思います。「リヨンコッペル」では「TOUCH POINT B I 」の予測をもとに店長が勘と経験で作るパンの数を決めています。

「TOUCH POINT BI」導入前はどうやって決めていたのですか?

それまでは100%勘と経験でした。それと比べると、ものすごい進化です。

「販売の属人化からの脱却」ということですか?

これによって、これまで「まかせてネット」の使い方に習熟しないとできなかった個別商品の販売予測がパートさんでもできるようになったことが大きいです。

たとえば年末年始やゴールデンウイークなどで東京を離れる人が増える時期の直前には、買い控えるお客さんが増えます。来客数はあまり変わらないのに顧客単価が下がるのですね。こういうことは長年パン屋さんをやっていないとなかなかわからないことなのですが、翌日どのパンをいくつ作るのかを考えるのは誰にでもできるようにしたいのです。

プラスパン各店で提供しているクロワッサンやデニッシュなどの仕込みは販売の2日前です。ですから数量も2日前判断なんですよね。今日作ったのは明日出るんではなくて、 今日作ったのが明後日出るんです。

さすがに朝起きて今日のことを考えるのは人間、勘と経験でいけそうだけど、2日後を考えるって、確かに職人芸になっちゃうというか至難の技ですね。他にも重宝している機能はありますか?

「併売分析」という機能があるんですね。4月の1日から19日までの塩ロールの販売数は2,208個ですね。この機能では塩ロールを買った人は 塩ロールをさらに買っているということがわかるんです。その数は685個です。同じようにカレーパンも買っています、クロワッサンも買っているよねと。この商品を買ってくださるお客さんが他に何を望んでいるのか というのが見えてくるんです。例えば お店が混んだ時とかに関しては 塩ロールとカレーパンとクロワッサンを 詰め合わせてセット販売するとか、ということが可能になるのではないかと 思っています。

職人さんと言われる人たちがパンを並べるまでが仕事だというふうに思ってたら それはそこで終わってしまう

今日僕が本当に驚いたのは作っている職人さんたちもちゃんと店先に出てくるし、すごく明るく接客もされてたから、もはや作り手でなく作るのを含めた接客をずっとしているようなイメージだったことです。

社内では、我々はもう「職人」ではなくて「商人」なのだという話をしています。職人さんと言われる人たちがパンを並べるまでが仕事だというふうに思ってたら それはそこで終わってしまうんですよ。

プラスパンの理念は「創喜尊合」です。「つくる喜び・買って頂く喜び・食べて頂く喜び・愛される喜び」を実現しよう、ということなんです。「食べて頂く喜び」の中に、 実際お客さんが笑顔でなきゃいけないというふうに思ってるんです。パンを作る技術がいくら素晴らしくても売れなかったら続かないんですよね。

常に新商品を開発していますね。

そうなんです。毎月6品程度を新しく出しています。2024年2月ですと「ストロベリークリームチーズ」「炙りチャーシューバーガー」「富良野ホイップメロンパン」「ごろごろカニコロドーナツ」「たっぷりチョコとオレンジのバブカ」「黒毛和牛メンチカツサンド」の6品、2024年3月だと「いちごの豆乳クリーム」「卵とガーリックポテトロール」「グリルチキンステーキと旨塩キャベツのサンド」「ベトナムコーヒーブレット」「リヨンバーガー」の5品を新発売しました。

https://pluspan.com/product/

毎月、店長会議で各店舗で作ってきたのを全員で試食をして、「じゃあこれ来月にやろうか」というのを決めて、最終チェックは私の方でやっています。6品くらいだと店舗のレイアウトも変えたりするので、お客様が商品変わったね、っていうのが分かるんですよね。 昔は季節ごとのフェア商品でやってたんです。 例えば1月から3月は「イチゴ・フェア」という形で3か月間ずっとやってたんです。やっぱり最後の方だと売れてこない。

毎月6品新しい商品が出てきますけど、その中で残るのとか残らないのがあったりするんですか。

あります。「お好み焼きパン」はまさにその商品で、お客様の反応が高かったのでそれを継続しているという。 もう5、6年続いてますからね。

https://bakemall.jp/store/38b2cff1-d4da-4cbc-9290-31367ab40ae8

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プラスパンはライブ感が勝負

プラスパンでは焼き立てが最高の販売機会です。店の奥に工房を作って、パンを作っている様子がお客様によく見えるようにしているのですが、この工房から店頭に「焼き立てです」と言いながら持ってくる時がその商品の売上のピークなんですね。

「焼き立てです」と言いながら持ってくる瞬間がタイムリーでないとその商品の売上がぐっと落ちてしまうようなこともあるんです。この先、「TOUCH POINT BI」の精度が上がってくれば、そこまでできるようになると期待しています。

2011年にセントラル・キッチン方式にトライしたことがあるんです。でも、どうもこれがうまくいきませんでした。4,000万円くらいのお金をかけて作りましたけど 1年でやめました。というのはやはり作っている人たちの感覚も多少変わってきて 思いがそこになくなってきてしまうんですね。私は今でも朝2時15分に起きて午前中はお店でパンを作っているのでよく分かるのですが、自分たちの作ったパンであれば「何個売れた」っていう喜びに変わるんです。でもセントラル・キッチンから来たパンっていうのはやっぱり思いが入っていないのですね。やっぱり少しずつ少しずつ売上も下がってきました。そういったところでもう1年でやめますという形でやりました。

やっぱりお客様にリアルに作っているところをまず見せられるので そこがすごく重要だなと思いますし、お客さんを見てパンが作れるので「どのパンの陳列がないよね」とかということも、数字で出てくる以上にリアルな部分も見えてきますので 店頭で見える形の工房は大事だと思います。

お客さま側にとっても、これだけ焼き立てが売れるということは、その場で、自分の眼の前で焼いたパンは喜んでいただける「価値」なんだと思います。五感に訴える販売の仕方が大事だろうというふうに思ってまして、やっぱり五感の中の一つとして、食べる前に「焼きたて、揚げたてだよ」というアピールをすることで感覚的に美味しいイメージが浮かぶって言うんですかね。お客様には本当にスッと買っていただけるという形になっています。

本当に滝沢社長がすごいのはトライしてダメだったらすぐやめるっていう判断が早いことですよね。僕の性格だとやめるのはむずかしいですけど、やめるのも早いというのが素晴らしいですね。

お客さんの眼の前でパンを作る、というだけでなくて、プラスパンのお店には「ライブ感」が大事なんだということが、このセントラル・キッチン方式を経験してみてわかりました。昨年11月にオープンした船堀の「リヨンコッペル」は床面積25坪なんですが、販売スペースは9坪、工房が16坪です。工房の方がはるかに大きいのですが、ライブ感のためにはこれが必要だと判断したんです。とはいえパン工房を作るのには何千万円ものお金が必要になるので、多店舗化はむずかしいです。ですから、作ったパンを運搬して、そこでライブでハンバーガーやホットドッグを作るとか、コッペパンにその場でコロッケとか焼きそばをはさむとか、そういうお店も可能かな、と思っています。店名も「D&G(ドッグ&バーガー)」と考えています。10坪くらいの小さなお店です。

次世代の経営者のためにDXする

滝沢社長がDXを進めていくのは何のためですか?

「DX実践ゼミ」に参加したときには、大手企業ならDXはできるんだろうけれど、うちのような小売業ではDXはむずかしいだろうと思っていました。小売業っていうのはお客さんがいつ来るかもわからないし、予測なんか立てるのっていうのは、雨が降ればどうなるかもわからない。 無理なんだろうなっていうのは正直思ってました。でも受講してみてお話を聞いて、もしかしたらいけるんじゃないかなっていう気持ちが少しずつ芽生えてきました。

私が修行していたお店では「10年経ったら独立をしなさい」と教られてきました。私は13年間やって独立させていただきました。ですから、プラスパンの社員にも独立してやってほしいな、という気持ちがあります。そのためにも「数字をもってパンを作る」ようにしています。よく会社でも「数字で筋を通す」って話をよくするんですよね。

そのためにもDXを進めて、彼ら彼女らが独立する時に数字で筋を通して経営する姿を参考にしながら経営していけるといいな、と思います。

正しい姿ですけども 職人さんって言ったらあれですけど、なかなか数字をデータ・ドリブンにものを考えるみたいなところは 難しかったりっていうところはありますか?

やっぱりありますよね。「数字はパソコンで見れるんですけどパソコン見ると眠くなっちゃう、朝早いからっていう」方がいらっしゃいますし、Excelだとかそういったもので分析をするのって苦手な人は多いです。だからますます「DX」なんですよね。

これから先、「TOUCH POINT BI」やその他デジタル・ツールをどう使っていきたいですか?

AIの進化がすばらしいので、「まかせてネット」や「TOUCH POINT BI」のデータを読んで私に代わって店長に助言する「AI部長」ができるといいな、と思っています。

「DX実践ゼミ」で発表された計画には商品にRFIDタグを付与して全てをユニクロのようなセルフ・レジにし、無人店舗を開くという内容がありましたが、この実現はいかがですか?

RFIDタグを付けての販売はまだムリですねぇ。RFIDタグの単価がまだまだ高すぎて付けられません。いずれはやりたいのですが……。

ユニクロの商品に付いているタグを透かしてみるとRFIDの回路が見える)unqlo-RFID-tag

この先の経営について教えてください。

実は昨年の12月にうちの息子が入社しました。 息子はアパレルの会社で働いていて、退職して入ってきたんですけど、息子はパン職人としてやるのは難しいと私は思っています。私はパン職人兼経営者としてここまでやってきました。今後息子がパン職人をやりながら経営ができるかというと、それはできないと思っています。それでうちの息子が代を継いだ時には、しっかりとパンを作れる右腕を作り、販売をしっかりやってくれる左腕を作り、 その中で経営をしていって未来を作っていくような体制が作れるんじゃないかなという予測を今しています。今後、「右腕」「左腕」を作っていくとなると、やっぱりある程度の売上げがないとムリなので、売上げを上げていかないといけない。現在プラスパンは3店舗で年商3億5000万円程度ですが、これを今の倍の7億円まで持っていこうといった場合、がんばって7億円に達した時点で廃業に向かっていくんじゃないかなと思います。 数字とかめっちゃめちゃになっちゃうし、予測も立てられない。そうなった時にしっかりとこういった数字で把握するようにすると 店舗展開も楽になっていくんじゃないかなという風に思っています。

数字を活用していきながら店舗展開をしていこうということですね。

この会社を、今の代で終わらせる気はないってことですね。

そうですね。やはり最初は正直そういう気持ちもありました。でも、息子が入ってきた時点で、やっぱり息子と一緒に未来を作っていくという風に思っています。今の延長線上には未来ってなかなか作れていけないと思っています。「いずれ海外にも出ていこうな」って息子とは話していますけど、その手始めとして売上を増やしていくところで言うと、やっぱり店舗も増やしていく。「まかせてネット」「TOUCH POINT BI」」に限らずRFIDタグなど、DX化を推進していく、ということになると思います。

今日は、どうもありがとうございました。

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